ⓒTelling Pictures Production

「セルロイド・クローゼット~デジタルリマスター版~」

全国順次公開中。

監督/ロブ・エプスタイン&ジェフリー・フリードマン
ナレーション/リリー・トムリン出演/トニーカーティス、トム・ハンクス、スーザン・サランドン、ハーヴェイ・ファイアスタイン、ジョン・シュレンジャーほか

「セルロイド・クローゼット」公式サイト
劇場情報

今回紹介するのは現在、全国順次公開されている『セルロイド・クローゼット~デジタルリマスター版』。

1996年に日本で公開され、約30年ぶりの再上映。

あらすじ
映画の都・ハリウッドでは同性愛はどのように描かれてきたのか?
検閲と規制の厳しかった時代に、同性愛のアプローチはいかにして行われてきたかを映画の草創期から90年代前半の120作品を引用しながら、俳優や監督、歴史研究者、プロデューサーらへのインタビューを通して映画史における同性愛の表現の痕跡を明らかにしたドキュメンタリー。

『フィラデルフィア』出演のことを語るトム・ハンクス

題名にある“クローゼット”にはセルロイドでできているフィルムを保管する場所というタイトル通りの意味に加えて、実はもうひとつ、自分のセクシャリティを“クローゼット”にしまい込んでいるという意味があるというのを知ったのは、この映画から。以後、クローゼットというキーワードを聞くと、そういう意味が込められているんじゃないかと“読む”クセがつきました。

『モロッコ』での男装姿が観る者を驚嘆させたマレーネ・デートリッヒ

公開当時20代後半だった自分。まだまだ自身のセクシャリティに対して浮遊していた頃で、見終わってから、今作に登場した作品をチェックしては、レンタルビデオ屋に通い噛みしめるように観賞、そういうことか、そういう意味が込められていたのかと勝手に一喜一憂し、自分のセクシャリティに確信を持てたきっかけとなり、その時に培った観賞の仕方は、後に映画を見る上で随分と役に立っています。

そして今回、改めて見ると、なんだかあの時に自分が感じたことの答え合わせをしているかのようでした。

映画は華やかなボールルームでのパーティーの場面から。
楽団の音楽に合わせて踊っている紳士淑女たち。その中のカップルに、ダンスの相手をお願いする男性。

「喜んで」と女性はお相手しようとするも、実は男性の方だったというオチのオープニングからニヤリ。そこから畳み掛けるようにさまざまな映画の中の“同性愛者”的描写が映し出され、やがて、エジソンが製作した映画草創期のフィルムの断片に、ダンスをする男性同士のダンスシーンもあって(ただ、この二人が同性愛者であるのかは不明ですが)、驚嘆。

『フィラデルフィア』より

ナレーションでは、映画100年の歴史の間でも同性愛が描かれたのはごく稀。しかもその描かれ方は笑いのタネであったり、哀れみや恐怖の対象でした。それでもその影響はゲイにもストレートにも影響を与えたと語り、年代を追いながら紐解いていきます。

70年代を代表する舞台作品を映画化した『真夜中のパーティー』

チャップリンの喜劇をはじめ、サイレントからトーキーに変わった戦前、いわゆる皆がイメージするオネエの仕草でわかりやすいキャラクターが登場し、“笑い”を引き受けるポジションとして“アリ”となり、やがて映画が過剰な表現をし始めると国や宗教から検閲が入り、禁止された性的表現の中には性倒錯も含められることに。

その検閲は約20年間に渡って行われ、映像やセリフはもちろんですが、キャラクターやストーリー設定の変更まで行われ、ゲイの設定だった脚本も当然、変更されたり、ズタズタに編集され最初の意図とは全く違うものになったりした作品もあります。

『お熱いのがお好き』のトニー・カーティスとジャック・レモン

しかし、製作者はそんな中でも映像の“行間”を使うことを覚え、観客も次第に“行間”への“読み取り方”を覚えるようになります。

「ゲイの観客は必死に手がかりを探し求める、マイノリティの観客は皆、期待を持って映画を見る、見たいものがあるんじゃないかと期待して・・・。だから映画は見るものによって変わる」という脚本家のアーサー・ローレンツが今作で語るように、検閲された作品の、その奥にあるものを見つけて密かに楽しむように変化したのがこの検閲の時代であるのだなと思いました。

『カラーパープル』より
ウーピー・ゴールドバーグ

やがて、検閲も緩和され、表現の自由が求め謳われるようになった60年代以降は、同性愛描写もほんの少し変化したとはいえ、不幸せで、自滅的で絶望的なイメージが持たれ、社会的には“いけないもの”という認識で見られており、それは80年代になっても残っていたし、その頃、症例報告され同性愛者間の病気だという誤解や偏見が広まったAIDSのこともあり、まだまだ映画の中の同性愛者の表現はネガティブなものが多く、日本もまた然りで、80年代後半にテレビのバラエティ番組で、とんねるずの石橋貴明が演じた保毛尾田保毛男というキャラクターは代表的かもしれない(後に番組放送30周年を迎え、復活した時の炎上は記憶に新しい)。

「マイ・プライベート・アイダホ」

今作が公開された90年代に入ると同性愛者の扱いはずいぶんと変化し、日常の中に普通にいるという描かれ方も多くなっていく。映画は、人間の多様性も認めれば観客をもっと笑わせ泣かせることができると締めてくれます。

公開から30年を経て映画の中の同性愛者の描かれ方は劇的に変化しました。そして多様性=ダイバーシティという言葉が頻繁に使われるようになり、LGBTQ+というキーワードもいつの間にか定着したかのように多用されている現在、ハリウッドのみならず、世界中で同性愛者を“テーマ”に持ってきた作品が次々と作られています。

同性愛者には、この時代を待っていた!と嬉しい反面、作り手側の気の遣い方や迎合が却って望まない方向に向かいトゥマッチすぎたり、結局誤解を生む結果を招いたりすることも多々生じているのも事実。

それでも今作を通して、しみじみ時代は変化したのだなぁと思う。隠されていた存在がしっかりと“いる”存在として認められたのはこれまでの制作者たち、表現者たちのおかげでもあるというのを実感できるはず。

それにしても今作に登場する120作品のうち、約1/3がサブスクなどで気軽に見ることができるのもこれまた時代が変わった証拠だと思いました。

仲谷暢之
大阪生まれ。吉本興業から発行していた「マンスリーよしもと」の編集・ライティングを経て、ライター、編集者、イベント作家として関西を中心に活動。


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